(第16話より続き)
「Kaolu、ローラは凄いんだね…」
キャッツが弱々しく言ったのを聞いて、Kaoluは思わずキャッツを探した。
キャッツは、Allenが研究室のドアを開けた時、一人で勝手にスタスタと部屋に入り、中を探索していたらしい。ひょこっと作業台の奥から顔を出していた。
「僕は、きっとローラにはなれないよ。」
キャッツは、イスタンブールの客室で会ってから初めて聞く弱々しい声で話している。
(何がキャッツの自信を打ち砕いたの?)
KaoluとAllenは、しばらく初めて見る弱気なキャッツから目が離せなかった。
その時、P2が驚くべきことを言った。
「ローラはとても賢い犬です。私はローラから色々ことを教えて貰っています。」
「私は、UCLAのAIロボット工学部大学院所属のAIロボットの中でトップの賢さだと言われていますが、それはローラのおかげなのです。」
「えっ、そうなの、P2。私のハンドリングが上手だからじゃなかったの…」
今度はKaoluがしょぼくれた。
「私のAI人格設定プログラムコンテストの優勝は…ローラがサポートしてくれたからなの?!」
「P2、そういうことは先に言ってよ。」
「言って良いかどうか、誰かに相談をしようと思ったのですが、相談が出来なかったのです。昨日、Acimo Spaで他のロボット達の話しを聞いて、話しても良いと判断しました。」
「そうなのね、P2。あなたは本当に思慮深いわ。」
Acimo Spaの意味が分からないわ!と過去に散々言っていたKaoluは、昨日から反省の連続なのだ。
「P2、ローラはKaoluが育てたんだよ。だから、Kaoluはやっぱり優秀なんだよ。」
Allenは、P2の手を握りながら言った。
「その通りです。Kaoluさんは、人間の言語を話せない動物や、AIロボットと普通に話しをしてくれます。それが他の人とは違うのです。」

「Kaolu良かったな!ママが聞いたら、きっと喜ぶよ。」
パパの顔になって、Kovalenko教授は言った。
「キャッツ、今日はお利巧になるために、少しお勉強をしなさい。暫くコパイロットセンターにアクセスしていないだろう?」
パパの顔のまま、Kovalenko教授はヒョイっとキャッツを抱き上げて、キャッツの尻尾センサーは強制的にコパイロットセンターのシステムに接続させられた。その瞬間、キャッツの顔から子猫の表情が消えて、賢いAIロボットの顔に戻っていた。
「あら?キャッツは、充電ベースにいる時に、自動的にコパイロットセンターにアクセスするようになっていないの?」
Kaoluは、びっくりして聞いてみた。
「基本的にAIロボットは充電ベースに戻ると、それぞれの継続学習を管理しているセンターに自動的に繋がり、必要な追加学習をするように設定されているがね。AIロボットが自我、つまり世界観を持ち始めると、その追加学習に関して、えり好みをするようになるケースがあるんだよ。これは、今に始まったことではなく、AIが多くの人に使われるようになったかなり早い段階から、そのようなケーススタディが見つかっていたらしい。」
そんなことは大学で習っているだろう?というような顔つきで、Kovalenko教授はKaoluを見た。
「確かにAI史の授業で習ったわ。でも、実際に見るのは初めてなのよ。Allenはどう?」
少しバツが悪くなったKaoluは、逃げるように話しをAllenに振った。
「カエは、最近コーヒーの美味しい煎れ方を重点的に追加学習しているみたいだから、これがそうかな?と感じていたよ。」
Kovalenko教授は真剣な顔つきで続きを説明した。
「カエのケースは、単に管理者であるAllenのし好を反映したもので、それは想定内だよ。そうではなく、AIの基本設定を無視するような行動をしたり、管理者から明確にNoと言われた行動をしたりするようになるんだ。」
恐らく…と、Kovalenko教授は続けた。
「このArmieは、そのような習性を持つ、かなり初期のAIデータの持ち主ではないかな…」
「Geminiデータのようですから、あり得ますね。」
世界一の最先端技術企業を自負するGoogleのAIは、初期の頃からかなり尖がっていたらしいと、AllenやKaoluは聞いている。Armieは、Geminiデータで動いていることは間違いないので、そうかもしれない…と二人は思った。
「でも、キャッツは従順なMulti-Copilotシステムで動いているのよね?その割には自己主張が強いけど…」
どうして?と聞くように、KaoluはKovalenko教授の顔を見た。
「性格に関する基本設定の子猫アルゴリズムの影響かもしれないね。」
「猫は基本的に気まぐれだからね!」
Kovalenko教授は笑いながら言った。
ローラがいると、Armieはスリープ状態で無反応になることがなかった。
Kovalenko教授は、時々ローラにArmieを舐めてもらったり、前足で触ってもらったりして、アーミーの基本起動状態を安定させることに成功した。
「パパ、じゃなくてKovalenko教授、これはどういうこと?」
ローラに指示を出すのはKaoluの役割だったので、数時間、Kaoluはずっとローラを見守りながらKovalenko教授の作業を見守っていた。
「今まで、いろいろなAIロボット設定のケーススタディを勉強したけれども、犬が活躍しているユースケースは一つもなかったわ。」
Kovalenko教授は、適切な説明をするために暫く考え込んでいた。
「これは単なる勘だが、このArmieがいた環境は、犬の存在価値が高かったんじゃないかな?」
ローラに手伝ってもらいながらの調整ログを見てチェックをしていたAllenは、
「うちのカエも、ローラと毎日過ごすうちに犬が好きになったらしい。大学院に通う道すがら、カエが興味を示すものが、道を走る新車から散歩をする犬に変わったからね。」
Kaoluはローラを抱きしめて言った。
「ローラ、あなたは素晴らしいわ。これからもP2やキャッツと仲良く過ごしてね!」
「さて、私は、今日は家に帰ることにしよう。夕飯をチーズケーキファクトリーで食べて帰ろうと思うが、Kaoluも来るかい?Allenにはごちそうしないといけないからね。最近、かなりタダ働きさせている。」
「とんでもないです教授。教授の研究室では、 AIロボット工学の精神を学んでいます。これは授業だけで理解することは難しいです。」
Allenは、素朴な田舎街ハミルトンの出身だ。こういう風に素直な反応を返すAllenの口調には、おべっかは一切感じられない。Kaoluは、Allenのこういうところに好意を持っている。
「Allen、パパはこの間、完成したばかりのプロジェクトからたんまると成功報酬をもらったみたいよ。チーズケーキファクトリーとか言わないで、ステーキでもご馳走になりましょう!」
「AIロボットを連れて入れるステーキ屋なんてあるかな?」
パパの顔に戻ってKovalenko教授が言った。
ロサンゼルスの街は、伝統的に多様性を許容している。しかしながら、人型AIロボットを同伴できる高級レストランはまだ少ない。
すかさずP2が言った。
「私が探します。私はステーキを食べられませんが、ステーキから立ち上がる肉汁の匂いを嗅ぐのが大好きなんです。」
「ローラがいるから、テラス席があるレストランじゃないとだめよ、P2」
P2が15分間GoogleAI検索と格闘した結果、条件を満たしたステーキハウスが見つかった。この日の夜はとても賑やかだった。一人キャッツを除いて。
「今日は元気がないのね、キャッツ。ローラは特別に賢い犬だから、気にすることはないのよ。ローラは2歳、キャッツはもうすぐ3歳でしょう?キャッツの方がお兄ちゃんなんだから、堂々としていれば良いわ。」
それを聞いても眼が輝かないキャッツであったが、少しだけ元気が出たようだ。
「僕、お兄ちゃんなの?」
「そうよ、少なくとも年齢ではね?」
それを聞いていたカエとP2は、珍しく声を出して笑った。
「僕、今日はちゃんとコパイロットセンターでお勉強をしたんだよ~!」
キャッツの悔しそうな声を聞いて、皆は、もっと大笑いをすることになった。



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