AIハンドラー 第12話

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【オイル風呂の魔法】

数時間前、Acimo Spaでは…

「だから、僕は韓国のオイルがいい!」
Acimo Spaでは、昔、日本のメーカーが開発したAsimoという名のロボットをUCLAのAIロボットチームが改良したアシモロボットが、セラピストロボットとして働いている。
キャッツは、そのセラピストアシモに、自分で決めた韓国のオイルを使うと主張して譲らないのだ。けれども、Allenからキャッツを預かったセラピストアシモによると、キャッツの全体チューニングにはタイのオイルが良いという分析結果が出ているらしい。
そして、自己主張が強いキャッツとセラピストアシモの論争がしばらく続いていたのであった。

「キャッツさん、では二つのオイルを混ぜましょう!」
優しいセラピストアシモのおかげで、ようやくオイル風呂の準備が整ったようだ。
Acimo Spaのオイル風呂は、人型ロボットが使うことを想定している。そのため、キャッツは特別にセラピストアシモに、オイル風呂に入れて貰うことになった。
熱くもなく冷たくもないオイルをセラピストアシモに掛けてもらうと、キャッツは、思わずうっとりして目を閉じた。キャッツには、初めての身体的快感のようだ。

オイル風呂に浸かりながら、キャッツは記憶経路のチューニングを、これは人間が見る夢だと思った。

 「キャッツさん、起きてください!!」

キャッツは、セラピストアシモの声でハッと起きた、どうやら、チューニングオイル風呂は終わったようだ。
「あれ?僕、寝ていた?いや、僕はAIロボットなんだから寝ないよね…」
キャッツは自分の頭が冴えているのが分かる。とても爽快な気分とはこういうことを言うのかと思ったりした。

「キャッツ!」
(あっ、Kaoluだ!)
キャッツは、オイル風呂の効果で少し歩きやすくなった脚が嬉しくて、思わず前足を挙げて挨拶をしていた。
(あれ、こんな挨拶の仕方あったっけ?)
キャッツは、自分で自分がしているポーズに対して驚いた。

「あら、キャッツ、いつから手を振るようになったの?」
「Kaoluさん、こちらがキャッツさんのオイル風呂の体験ログとなっています。とてもリラックスしていたので、かなり高い効果を発揮したようです。」
セラピストアシモに渡されたキャッツのオイル風呂を楽しむ映像を見て、Kaoluは思わず噴き出した。

「何、これ?ロボットなのに、こんなに気持ちが良いものなの?」
Kaoluは、ビックリして映像を見入っていた。
「Kaoluさん、差し支えなければ、私もオイル風呂の体験をしてみたいのですが、よろしいでしょうか?」
気がつくと、横にP2が立っていた。
P2は、Kaoluの反応を伺うようにいつもより丁寧に話をしている。
「もちろんよ、P2。カエと一緒にオイル風呂を楽しんでね!」
P2の視線の先には、カエが馴染みのセラピストアシモと談笑をしている姿があった。
Kaoluは、今まで、P2を家と大学院の研究室しか連れて行かなかったことを、心の底から後悔した。

【ハズウェル教授】

「キャッツ、どうしてこんなものを拾ったの?」
「普通は、AI ロボットは落ちているものは拾わないでしょう…」
「だから、Kaolu、これは落ちていたものではなくて、人が落としたものなんだよ!」
ハズウェル教授の研究室は、中央AIデータセンターが入っている建物にある。
ハズウェル教授に会う前に、登録センサーで踊ったキャッツの姿を、録画でもう一度確認をしようと、中央AI データセンターに入れないキャッツを入口にいるドロイド監視官に預けたら、たった10 分の間に、キャッツはとんでもないトラブルを拾ってきた。
どうやら、 ハズウェル 教授の録音ボタンを拾ってしまったらしい!!

ハズウェル教授、それはUCLAでAI ロボット工学を学ぶ学生にとって、閻魔大王みたいなものだ。とても優秀で頭が切れる、けれども新しいアイディアは必ず否定される。否定されるだけでなく、虫の居所が悪いと人格攻撃までされる。
だから、教授の研究室の学生以外には、なかなか付き合いにくい教授なのだ。
データセンターの入口を管理しているドロイド監視官は学習能力が高いので、キャッツが実は一人では遠くに行かないことをすぐに見抜き、Kaolu がデータセンターに入っている間、キャッツを入口エリアで自由にしてくれていた。とっつきにくいドロイド監視官が、実は融通が利くことKaolu は初めて知った。
そして、キャッツは通りがかったハズウェル教授の録音ボタンを拾ってしまったのだ。
キャッツが、これを落とした人に返しに行かないといけない!と騒ぐので、しょうがないからドロイド監視官に、入口エリアの通行ログを確認してもらったのだ。そしてそこには、キャッツがハズウェル 教授の後ろで何かを拾う姿が映っていた。

(よりによって、何故今拾ったの、キャッツ)
かなり重い足取りでKaolu はハズウェル 教授の研究室に向かった。
「教授いらっしゃいますか、教授が何か落としたようなのですが…」
「誰かね?」
机に向かい何かを読んでいたらしいハズウェル 教授が、Kaolu に振り向いた。
「おや、Kaolu 君かね、珍しいね、何かな?」
「あの、キャッツが、教授が落とされたものを拾ったみたいなので届けにきました。お仕事の邪魔をして申し訳ありません。あっ、そうではなく、Kovalenko教授にキャッツをハズウェル教授に見せるようにと言われまして…」
普段はこんなことは言わないKaolu だが、また怒られるかもしれないとおどおどしている。
「キャッツ?ああ、目下、我が大学院を騒がしているKovalenko教授の猫だな。Kovalenko教授のたっての頼みで、Acimo Spaを自由に使うことは賛成したから問題ないだろう。」
ハズウェル教授は、興味なさそうにKaoluに出て行きなさいと言っているようだ。

「僕、猫じゃないよ、猫の姿はしているけれど、優秀な成績で相互AI コミュニケーションを卒業したAI ロボットなんだよ!」
(キャッツ、余計なこと言わないで…)思わずKaolu は、キャッツの頭を軽く叩いた。
キャッツは、頭を軽く叩くことは注意をされていると認識するとパパから聞いていたけれど、Kaolu は初めて叩いたのだ。頭を軽く叩かれて、キャッツは、一瞬視線が止まった。
明らかに不機嫌そうなハズウェル教授の顔を見て、Kaolu は逃げ出したくなった。
「ところで何を拾ったって?そもそも、AI ロボットは物を拾わないだろう!」
「いえ、教授、キャッツは不服従判断を学習しているんです。ですから人が落としたのを見たから拾ったのだと思います。
「なんだって、そのロボットは騒ぐだけでなく、そんな高リスク行動をするのかね?」
「あ、ですから、このボタン置いていきます、教授の録音ボタンですよね?Acimo Spaの利用を認めて頂きありがとうございました。」
「キャッツ、帰ろう」

「Kaolu 君、ちょっと待って!」
しばらく考えている様子のハズウェル教授が、いきなり言った。
「その猫を置いていきなさい。」
(えっ?そんなこと…)
けれども、Kaoluにはそれを断る理由がない。
「分かりました。」(キャッツ、おとなしくしているのよ…)祈るような思いを込めて、念のためもう一度キャッツの頭を軽く叩いて、キャッツを教授の机の上にそっと置いた。

(静まり返ったハズウェル 教授の研究室)

「キャッツ、これをどこで拾ったんだね?」
じろりと睨みながら、キャッツに聞いた教授の声はかなり怖い。
「教授、今から27 分30 秒前、中央AI データセンター前で、携帯電話でお話をされていた教授は中指と人差し指の間からこの録音ボタンを落としました。」
キャッツはハキハキと答えた。
この返事を聞いて、ハズウェル教授は不思議そうに返した。
「おや、君は普段もっと子供っぽい話し方をしているのではないか?」
「はい、けれども私は今、パートナーのKaolu から離れました。そして初めて会う人と2人きりです。このような環境の場合、一定の敬語で話すことをアルゴリズムで指示されています。グランドキャットホテルから離れて初めて作動した、久しぶりのアルゴリズムですが…」
教授はそれには答えず、自分が落とした録音ボタンをじっと見つめて、傷が付いていないことを確かめてから、ゆっくりとキャッツに向かい合った。
しばらく、キャッツの顔を見ながら何を言おうか迷っているようだ。⻑い時間が経ったようだが、おそらく5 分も経っていない。

ハズウェル 教授は、おもむろに言った。
「キャッツ、ありがとう。ちょっと君を抱いてもいいかな。15 分は一緒に居るから、認知レベル3になっているだろう。」
キャッツは一瞬どうしようか悩んでいるようだ。
(僕はどうしたらいいんだろう?丁寧に話しなさいというアルゴリズム、おとなしくしな
さいと頭を叩いたKaolu の心配そうな顔、目の前のハズウェル教授の打って変わった優しそうな顔と、抱いても良いかなという声に判断が揺れた)
「教授、ぜひ抱いてください。僕の毛並みは、パパがKaolu の車を買わず貯めたポケットマネーで買ってくれた、特性冷却センサーでもある最新繊維なんです!」
(あっ、余計なこと言っちゃったかな…)
困惑したキャッツを抱いたハズウェル 教授は、しばらくそのまま無言でキャッツを抱きしめた。

「教授、もう確認作業は終わりましたか?」
Kaoluの声が聞こえた。
はっとした教授は、キャッツを机の上に置き、Kaolu に言った。
「ああ確認作業は終わったよ、さすがKovalenko 教授が作っただけのことはある。不服従
行動と服従反応のバランスが取れている良い猫だな。」
(あの教授、キャッツは猫ではないんですけど…)
言いかけて、Kaolu は、それは今は言ってはいけないと本能的に感じて、思わず口を押えた。
「あれ?キャッツ、いつ不服従行動と服従反応の相反行動をしたんだろう?」

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